TERU

GLAYのヴォーカリスト

TERUさんが絵を描き始められたきっかけ、作家としての出発点をお聞きかせください。

これだけ毎日のように絵を描くようになったのは、昨年(2022年)の6月ですね。その前に、4月ぐらいに京都でTAKUMIくんの絵を観て、「こういう表現もあるんだな」と感じ、「描いてみたいな」と思っていたんですけれども、なかなかきっかけがなくて。でも6月8日、昨年の僕の誕生日に「何か残そう」と思って描き始めたのが、函館スタジオのマークでした。とりあえずキャンバスに「どうやって描けばいいんだろう?」というところから始まっていきましたね。

短期間で膨大な作品を描かれていますよね?

もう200ぐらいつくっていますね。自分の作家としての実力も、世間からの評価も上げていかなければいけないな、と思っていて。200ぐらい描けば、作家以上の作家のように見てもらえるんじゃないかな?ということで、とにかく描き続けてきました。

GLAYはデビュー30周年を迎えますし、音楽家としてもご多忙です。音楽家と作家、2つの顔を持つことはTERUさんにとってどんな意味がありますか?

音楽だと、30年経ってくるとペースが決まってくるんですよね。年間でホールツアーを回って、その後アリーナも回って、周年だとドームもやって、みたいな。そういうルーティーンみたいなものがコロナ禍の3年間でちょっと崩れて。かつ、世の中全体の働き方改革が進む中、ライヴをするにも今はツアーを組むのも大変な時代なんです。ドライバーの残業時間の上限を規制強化するという国からのお達しで、トランポの人たちも大変なことになりそうな状況で、せっかく音楽をつくってもなかなか発表できないような場所になりつつあるこの業界で、「いろいろなフラストレーションが溜まるだろうな」という予測があって。なので、空いた時間に絵を描いていくというよりも、ちゃんと両立させることのほうが、10年後、20年後に音楽をやっていく上で必要なことなんじゃないかな?と自分なりに考えたんですよね。音楽も真剣にやるし、作家としても真剣にやって、どちらの顔も有名になったらカッコいいよな、と。絵のほうで有名になったら「あ、この人音楽もやってるんだ? 聴いてみよう」と思ってもらえたり、音楽で知った人は、「あ、絵も描いてるんだ?じゃあアートも観てみよう」という機会になったり。そういうハブのような人になれたら面白いな、と今は考えていますね。

コメディアンとしてのビートたけし/映画監督の北野武、のように二つの顔を持つ表現者は素敵ですよね。『THREE COLORS EXHIBITION』の展示作品は今回、どのようなモチーフでつくられたのでしょうか?

TAKUMIくんから“過去・現在・未来 ―連鎖する創造性―”というコンセプトを聞いた時に、「あ、それを自分の中でもちょっとやってみよう」と思って。去年の6月8日に描いた函館スタジオの最初の作品を展示しますし、自分でも「すごい作品ができたな」と手応えのあった『CHALLENGE』という象の絵も飾るし。『音の可視化展』で展示した内の何点かと、あとは最新の作品を飾る予定です。全部で20点ぐらいなのかな? 

ご自身の作品を過去から現在まで見渡した時、TERUさんの中で何か気付かれたことはありますか?

気付いたことは、高く売れる絵はちゃんとしているってことですかね(笑)。自分で描き始めると、やっぱり気になっていろいろな人の絵を自然と見るようになるんですよね。マネージャーの結婚式の時、披露宴の「〇〇の間」みたいな広い会場へ行ったら大きな丸いオブジェがあって、よくよく見たら(長坂)真護くんが描いている月の絵みたいな感じで、これも面白いなって。いろいろな絵を細部まで観るようになったら、きっちりと隅々までアートとして描き込まれていることが分かって、勉強になります。その意識の移り変わりもあって、最近描いた9点の山の絵は「本当に細部までやってみよう」と思って丁寧に描いた作品なので、今僕が目指している絵の進化系だと思います。

TERUさんは絵を描かれる時、何か頭の中で思い浮かべていらっしゃるのですか?

描きながら考えるというよりも、浮かんだ瞬間「すぐ描きたい!」と思うので、それができるように、ジェッソで下地を塗って乾燥させたキャンバスをたくさん作っておくようにしています。直に塗るとキャンバスの布の目が見えるのがすごく嫌で、それを消すために塗っているんですけど、描きたい時に乾燥させたキャンバスがないとフラストレーションが溜まるので。何の絵を描くというプランがなくても、天気のいい日に10枚ぐらい先に塗って乾かしておくようにしています。僕にとって生活する中でいちばん感じたくないのはフラストレーションなので、いかにそれが溜まらないように、感じないように生活するか?は重要視していますよ。

作家として絵でアウトプットすることで、音楽で表現したいものが変化する部分もあるのでしょうか?例えば、GLAYで歌いたい内容が変わってきた、ですとか。

まだそこはないですね。今のところ、ツアー前のリハーサルをずっとしているので、その気分転換として描いている部分もあるので。これまでだったら不安を感じながらセットリストの曲を聴いていたけれども、今は絵を描きながら聴くのがすごくいいバランスで。英会話とかもそうだけど、何かをしながら曲を聴くと記憶しやすい、と聞いたこともあって。前に聞いたのは、軽いジョギングをしながら聴くと、脳が活性化しているから余計に頭に入る、みたいな話だったかな?なので、絵を描きながらセットリストを聴いてリハーサルに挑みましたね。

『THREE COLORS EXHIBITION』を起点とした、函館ビエンナーレに向けた構想をお聞かせください。

今回参加してくれるTAKUMIくんとSHURI、音楽担当のPARAも含めた4人にはもう、来年は10人展を開催する、と伝えてあります。長坂真護くんも参加したいと言ってくれているので、大々的な、世界にもしっかりと発信できるようなものになると思います。あとは金額の折り合いだけどう付けるか(笑)。それは専門家がいるので考えてもらって。「これをやりたい!」と僕が言うことに関して協力してくれる人がいるので、胸を張ってそれを実現できていると感じます。とにかく、まずはこの3人展でコケないように(笑)、10人展に繋げたいと思います。10人展の翌年にはもう少し大規模な人数が参加できる個展を考えていて。ホールではなく、ひょっとしたら函館アリーナで、なんとか交渉して1週間ぐらいやってみるのも次の段階ではアリだな、と。函館ビエンナーレの構想を月村先生(SHURIが師事した絵画の先生)にお話ししたら、函館で活動している作家さんを紹介してくれるということで、リストを作ってくださったのでそれもたまに見ながら、「あ、こういうタイプのアート作家さんもいいな」とか考えています。人を集めることは簡単にできると思うんですけども、それをどう形にしていくのか?は、いろいろな人の知恵を借りて、経験も借りて実現していきたいな、と思っていて。ビエンナーレでは30人ぐらいの作家さんが集まるような形にしたいな、とは思っています。

海外の都市のビエンナーレなど、何かインスパイアされたものはあるのでしょうか?

名前だけビエンナーレ、トリエンナーレと付いたものは東京でも開催しているんですけど、すごく範囲が広くて、作家同士はただ名前を連ねているだけの関わり方なんですよね。僕が目指す函館ビエンナーレはそういうものではなくて、やっぱりヴェネツィアのビエンナーレを観に行った時に、広い敷地ではあるんですけれども、参加したそれぞれの国がエキシビションを展開していて、そこで建築であったりアートだったりが観られる環境があったんです。まずは4年後のビエンナーレに関しては、作家さんが集まって、訪れた人が金森ホールや函館美術館、函館アリーナという3拠点で観て回れるようにしたいな、という構想を持っていますが、ゆくゆくはパビリオンがあったらいいなと思っています。2年に1度、アートの祭典をするためだけにパビリオンが函館にできるなんて、すごいですよね?!

有言実行のTERUさんですから、必ず実現すると思います。

本当に大きな夢ではあるけれども、言い続けたらいろいろな人が協力してくれて、実現できそうな気もします。なんかね、不可能という感じがしていないんですよ、言葉にすると。建築家の匠くんもいるし、10年後には函館にパビリオンをつくるという目標を持っていたら、皆そこに向かって頑張れそうな感じがしますよね。GLAYも40周年のタイミングだし、函館には土地はいっぱいありますからね(笑)。こうして夢を語っていると、「函館に住みたい」と言うようになっていく友だちもいて、東京と函館で活動を両立させているアーティストも実際にいるし、友だち伝てにそれが広がっていくと、そういう人たちもどんどん増えていくんですよね。アートだけではなくいろいろな分野でそれを広げていけそうな気がするので、まずは僕が旗を上げて。そこに連動して、函館に元々あったイベントももっと盛り上がるものになると思っています。

音楽、アートに加えて、食も魅力的ですもんね。

そうですね。8月の函館港まつりで、何十年かぶりにいか踊りを経験したんですけど、めちゃくちゃ面白くて。来年は人を集めて皆で踊ろう、という話になりましたし、そういう昔からあるお祭りも函館の名物としてどんどん広めていきたいですし、夢は広がりますね。

豪華客船で函館にやってくる海外の方も増えているんですよね。

そうなんです、インバウンドが相当復活してきているので。ただ、海外の人たちもそうですけど、やっぱり函館に住んでいる人たちがもっともっと楽しめるようなイベントをつくっていかなきゃいけないな、と思うんですよね。美術館でのんびりと優雅に絵を観るような体験に、函館の人たちにも馴染んでもらえるよう、時間を掛けてでもしっかりとやっていきたいなと思いますね。先ほど明かしたようにパビリオンをつくりたいという大きな夢もあるし、美術大学や音楽専門学校などもつくって、函館を若者が集まる街にしたいなと思っています。

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